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2025.12.16

【行方市フォントプロジェクト】[その1] シビックプライドを育む「行方市らしさ」の再発見 ~行方市職員向けワークショップ編~

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茨城県行方市は市制施行20周年を記念し、モリサワと連携して制定フォントを選定する「行方市フォントプロジェクト(行方市制定書体プロジェクト)」を実施。2025年7月~8月に行方市職員と市内小学生とのワークショップを通じて候補を挙げ、中学生の投票によって2025年9月に決定しました。

「制定フォント」は、広報物や名刺などの行政発信に活用され、行方市の独自性を内外に示すブランド要素の1つとなります。本記事は、プロジェクトの第一弾としまして「市職員向けワークショップ」の模様をお届けします。

【行方市フォントプロジェクト 決定までのプロセス】

  1. 市職員向けワークショップ(7月):市の職員が「行方市らしさ」を考え、制定書体の候補を検討
  2. 小学生向けワークショップ(8月):行方市内の小学生が文字デザインに触れ、候補書体から模擬投票
  3. 中学生による投票(9月):市内中学生の投票によって制定書体を決定

「行方市制定フォント」選定に向けて

「制定フォント」は、組織のアイデンティティを統一し、外部に一貫したイメージを伝えるための強力な手段です。行方市が取り組んだのは、単なるフォント選びではありません。世界の都市(シカゴ・ドバイなど)でも、統一的なフォントの利用はシビックプライドを育む取り組みとして注目されています。このプロジェクトの真の目的は、「行方市らしさ」を言語化し、職員一人一人が納得できる、持続可能なブランド運用の土台を築くことにありました。

【行方市職員向け制定フォントワークショップ】

第1部 相手に「伝わる」資料デザインとフォントの役割 

  • ブランディングとフォントの関係——制定フォントプロジェクトに向けて
  • 伝わるお知らせ作り——伝えると伝わるの違いについて
  • フォントの選び方

第2部 納得感をもって制定フォントを使える土台作り

  • 行方市「らしさ」とは?
  • 得たい結果に向けた行動の検討

第1部 相手に「伝わる」資料デザインとフォントの役割 

行方市では若者の地元への関心の低さ、市民への情報伝達などの課題を抱えていました。そこで、シティプロモーションの取り組みの一環として、「“市のフォント”を制定する取り組みを住民を巻き込んだ施策として行う」ことをご提案したところ、議会の承認もいただき実施に至りました。

「どんなフォントを市のフォントにするか?」を、「未来の行方市はこうなっていてほしい」というテーマと共に考えることで、行方市の職員の皆さんが納得感を持って使い、住民の皆さんが「行方市らしさ」を書体から受け取ることを目指します。

午前の部は隣の人との「自己紹介ワーク」からスタート。1回目は「言葉だけ」、2回目は「写真と言葉」で行い、情報の伝わり方の違いを体験していただきました。

限られた時間で自分のことを知ってもらうのは簡単ではありませんが、伝え方を工夫するとぐっと伝わりやすくなります。自治体の情報発信も同じで、「どう伝えるか」が市民の理解を左右することを共有しました。

自己紹介ワーク「言葉だけ」と「写真と言葉」では情報の伝わり方が違うことを体験いただいた

ブランディングとフォントの関係——制定フォントプロジェクトに向けて

「制定フォント」がなぜ必要なのかを理解していただくために、まずはブランディングの考え方についてお話ししました。

ブランディングを一本の木に例えると、その種に含まれる遺伝子=ブレない意志が、「らしさ」と言えます。しかしそれが根を張り、枝葉を伸ばすには、「らしさの言語化」が欠かせません。自治体で言えば、強みや使命をしっかり語れる状態です。そのうえで、根が深く根付くように組織内へ浸透させるインナーブランディングと、枝葉が外へ伸びるように発信するシティプロモーションの両面を行うと、木は大きく育ちます。
ここで重要な役割を果たすのが、制定フォントです。職員が使う会議資料やマニュアル、市民が見る市報やWebサイトなど、内外に向けたあらゆるコミュニケーション活動で一貫したフォントを使うと、「行方市らしさ」を根付かせることができるからです。

伝わるお知らせ作り——伝えると伝わるの違いについて 

人は情報を取得する際、その83%を視覚に頼っています。このセクションではそうしたデータを示しながら、「伝える」と「伝わる」の違いを説明しました。

出典: 教育機器編集委員会編「産業教育機器システム便覧」1972 年、P4, 図1.2 をもとに作成

例えば、セミナーの告知チラシ。その目的は「来てもらうこと」ですが、その前には「興味を持つ」「詳しく知る」という段階があります。しかし、人が掲示物を見る時間はわずか数秒で、その間に把握できる文字数は「15文字程度」。そのため、送り手のものさしで情報を均一に「伝える」のではなく、受け手にとっての優先順位を考えた「伝わる」デザインが欠かせません。

デザインと聞くと「センスがないからできない」という声も聞かれます。しかしその要素は大きく「文字」「色」「図形」であり、一般的な資料では文字が6〜8割を占めます。つまり、文字情報を整えるだけでも伝わる紙面になるのです。ここでは、「伝わらないチラシ」を題材に問題点を洗い出していただいたうえで、具体的な改善ポイントを解説しました。


  • タイトルの文字に飾りがあって読みづらい
  • 開催概要は受け手にとって不要
  • 半角と全角が混在して不ぞろいに見える
「伝わらない」資料で問題点を共有

【伝わるお知らせ作りのポイント】

  • 情報整理と優先順位付け
    「興味→理解→行動」を意識し、受け手にとってのメリットを上部に配置。
  • 見せる情報と読ませる情報の分離
    紙面の上部7割を「見せる情報」に、下部3割を「読ませる情報」にすると優先順位が明確になる。
  • 行間と行頭の整理
    行と行の間の余白「行間」と、箇条書きなどの「行頭」をそろえて読みやすく。
  • 文字サイズとウエイト(文字の太さ)の活用
    本文に対する見出しのサイズ比率「ジャンプ率」を大きくすると「大衆的/若々しい」印象に、小さくすると「知的/信頼」の印象になる。また、見せる情報には太めのウエイトを、読ませる情報には細めのものを使うとメリハリが生まれる。

フォントの選び方

最後に、フォントの2つの役割について紹介しました。

1つは「正しく情報が伝わる」こと。例えばモリサワのUDフォントは、「文字のかたちがわかりやすいこと」「文章が読みやすいこと」「読み間違えにくいこと」をコンセプトに開発されました。
行方市職員の方々に協力いただいた検証では、UDフォントの使用で約5%の誤読防止と約3%の読み速度向上が確認され、「業務の効率向上にもつながる」との評価をいただきました。

もう1つは「ニュアンスやイメージが伝わる」こと。書体には人間の骨にあたる「骨格」や肉付けの「エレメント」があるため、同じゴシック体でも印象が異なります。丸みを帯びた書体は柔らかさや親しみやすさを、直線的な書体は信頼感や知性を感じさせます。こうした特性を理解して制定フォントを選ぶと「行方市らしさ」が内外に浸透し、シビックプライドの醸成につながることをお伝えして、第1部を締めくくりました。

フォントを変えることでタイトルや商品の印象が変わる

第2部 納得感をもって制定フォントを使える土台作り 

午後の部では、職員の皆さん一人一人が「行方市らしいフォント」を自分たちの言葉で語れるようになることを目標に、より実践的なワークショップを実施しました。

行方市の「らしさ」とは? 

次に「ブランドピラミッド」を用いて、「行方市らしさ」を段階的に言語化していくワークショップを実施。グループに分かれて「子ども・学生」「20-30代」「40-50代」「60代以上」の世代を設定し、行方市の「特長」と「機能的便益/不便」から議論していただきました。

各グループから、「自然が豊か」「米や野菜のお裾分け文化がある」「子どもと遊べる場所が多い」といった声が挙がる一方で、「交通の便が悪い」「医療機関が少ない」などの現実的な意見もあり、世代意識が反映されていました。

さらに、特長や機能から生じる感情的便益/不便について話し合っていただいたところ、ネガティブな意見が出つつもその反面「楽しい」「心が温かくなる」といったポジティブな「行方市らしさ」を表現する共通の感覚をみつける機会となりました。このような「未来の行方市像」を想像することで、どの部分を大事にしたいかが浮かび上がってきました。そこが「未来に残していきたい行方市らしさ」だと再発見しながら「行動」のワークに入ります。

得たい結果に向けた行動の検討 

制定フォントは、ブランディングを構成する重要な要素です。ただし、ロゴやパッケージの変更とは異なり、市報やパンフレットなどを通じて少しずつ浸透していきます。そのため、将来的には「制定フォントを見て育った子どもが、別の地域でそれを見て行方市を思い出す」といった、長期的な価値が生まれる可能性を共有しました。

最後のグループワークでは、住民、観光客、学生、行政職員などのステークホルダーを設定したうえで、「どこでフォントと出会うのか」「フォントの印象が行動や判断にどう影響するのか」を考え、35書体の中から制定フォントの候補を選んでいただきました。

  • Aグループ:住民を対象に「白妙 M」を選定。市報や掲示物での使用を想定したときに、温かみがありながらも読みやすい点にフォントの良さを感じました。
  • Bグループ:子連れの観光客を対象に「ニブシブ」を選定。観光パンフレットを考えると、丸みと温かみのある雰囲気が行方市らしさに合致すると思いました。
  • Cグループ:学生を対象に「くれたけ銘石」を選定。漢字のエレメントの「『ちょん』とした部分」が筑波山や帆引き船にも見えるため、行方市の楽しさを伝えられると考えました。
  • Dグループ:行政職員を対象に「くろまめ」を選定。行方市の伸びやかさがフォントの印象とマッチ。豊かな自然を表現でき、観光PRにつながると考えました。

制定フォントの選定は愛着と誇りを育む

最後に行方市長から「フォントを通じて市の思いをどのように伝えるかを考えることは、市民や市外の方々に行方市の魅力を理解していただくうえで非常に重要です。制定フォントの選定は、市への愛着と誇りを育むプロセスになります」とのお話をいただきました。

今回の市職員向けワークショップは7月に、次に行方市の小学生を対象としたフォントのワークショップを8月に、9月には市内中学生の投票で「行方市書体」が決定しました。シビックプライドの醸成という目標に向け、果たしてどのような書体が選ばれたのでしょうか。
次回、行方市内の小学生のみなさんにフォントに関するワークショップを実施しました。果たしてどのようなお話をしたのでしょうか?

⇒その2:小学生向けワークショップ編に続く


モリサワでは、第1部の資料作成に関する研修を「『伝わる』資料デザイン プログラム」として、自治体や学校、一般企業向けにも対面形式にて実施しています。
詳細(費用、流れ、参加者の声など)についての資料は、こちらから無料でダウンロード可能です。

「『伝わる』資料デザイン プログラム」や、研修会で使用したUDフォント、「制定フォント」にご興味のある方、導入や活用を検討される方は、下記よりお気軽にお問い合わせください。

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