インタビュー

2022.08.31

ディスレクシア専用の英語塾「もじこ塾」
~特性を活かしてモチベーションを保って楽しく学べる場に〜

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元々は翻訳者をしながら予備校で英語を教えていた成田氏は、小学生の息子さんが文字学習に躓いたタイミングで、翻訳の仕事で偶然に「ディスレクシア*1」の存在を知り、ネットや専門書・セミナー参加など勉強を始めたそうです。自身のブログでディスレクシアについて知り得たことを配信したら思わぬ反響が大きく、ディスレクシアに合う英語学習へのリクエストも多いことから2017年、南新宿にディスレクシア専用の英語塾「もじこ塾」を設立しました。

ディスレクシア*1:学習障害(LD)のひとつで、発達性読み書き障害とも言われる。視覚・聴覚に異常がなく、知的に問題はないが、普通に学習しても文字の読み書きの能力に著しい困難さがある状態。主な原因は脳内の音韻処理の障害とされる。日本語のかなのように字と発音が一致する文字体系は習得しやすいが、英語のように字と発音が組み合わせで変わる文字体系の習得は難しいと言われている。

「もじこ塾」の成り立ちと楽しいメソッド

インタビュイー:ディスレクシア専用英語塾「もじこ塾」代表 成田あゆみ氏
インタビュアー&ライター:株式会社モリサワ 高田裕美(UDデジタル教科書体開発者)

モリサワ:実は成田さんと私(高田)は息子同士が保育園時代を一緒に過ごしたママ友でもあります。私はUDフォントに携わるようになってから発達障害の勉強を始め、ディスレクシアを学ぶために日本LD学会の大会に参加し、会場でバッタリ成田さんと再会して、その後は知識豊富な成田さんから色々なことを教えていただきました。成田さんはディスレクシアのことは、どのように勉強されたのでしょうか?

成田氏:今も勉強中ですし、生徒からたくさんのことを教わっています。でもディスレクシアを知った当初は、日本語で書かれたディスレクシアの研究や文献がとても少なかったこともあり、英語の本や論文を読んでは暗中模索の日々でした。そんな中、読んで良かった内容を訳してブログにしたら、いろんな人が来て、いろんなことを教えてくれました。ディスレクシアの存在を知ってすぐ、予備校で見かける難関大志望の受験生の中にもディスレクシアの子が一定数おり英語学習に苦労していることに気づき、「ディスレクシアに英語を教えること」が自分の中でテーマになりました。でも当初は、日本の学会に行っても英語に関する発表はみつけられず、「ディスレクシアに英語は無理」と言われたことも。一方で、その後AUDELL(英語教育ユニバーサルデザイン研究学会)の会長となる村上加代子先生、ジョリー・フォニックスを日本で広めた山下桂世子先生、ミチムラ式漢字学習法を考案した道村静江先生との出会いから、沢山の刺激を受けました。やがて、英語を教えてほしいと頼んでくれる方が増えたので、もじこ塾を設立しました。また3回ほど渡米し、IDA(国際ディスレクシア協会)という学会を聴講し、第一線の脳科学者やディスレクシアに精通した現地の英語教師の方々から学んだことは、もじこ塾の授業内容に大きな影響を与えています。「人はどうやって読んでいるのか」「字を読むことが苦手な人にどうやって読み方を教えるのか」は、アメリカでも研究途上の分野で、私も日々勉強中です。

モリサワ:ディスレクシアが日本で言われ始めたのは、ここ10数年のことで、悩まれている保護者の方も多いと思いますが、おすすめの本や教材などありますか?

成田氏:私がディスレクシアの存在を知って最初に読んだ本は、アメリカの書籍『The Dyslexic Advantage』と、認定NPO法人EDGE 藤堂栄子氏著『ディスレクシアでも大丈夫!』です。この二つの本に最初に出会ったからこそ、ディスレクシアを前向きに捉えることができました。アメリカの書籍は、後に藤堂氏の監訳の元、私も翻訳者に誘っていただき、『ディスレクシアだから大丈夫!』(金子書房)という題名で日本語版になりました。ディスレクシアの思考法と得意なことを紹介した一冊です。

成田氏が翻訳の一部を手掛けた書籍

翻訳者として声がかかったときに浮かんだのが、この本の内容をディスレクシアの方々に届けるには、ぜひとも「UDデジタル教科書体」を使いたいということ。その前から、もじこ塾ではプリント類はすべてUDデジタル教科書体を使用していて、生徒からは「温かみがある」「長く読んでいても疲れにくい」と好評でした。出版社に掛け合ったところOKをいただき、おかげでLDの方にとって読みやすく仕上がりました。行間も読みやすく広めに組んで貰いました。このことは「もじこ塾」のブログ記事にも掲載しています。

モリサワ:ご採用ありがとうございます!ディスレクシアの方が読む書籍のお役に立てていたら、大変光栄です。

ディスレクシアにフォニックスが有効な理由

モリサワ:成田さんには、UDデジタル教科書体の欧文シリーズを開発しているときに、LDの子どもたちが間違いやすいポイントや配慮の方法などを教えて貰いました。こちらの壁に貼ってある教材にも欧文シリーズ「UD Digikyo Latin」を使ってくれていますが、これは何を示していますか?

成田氏:これはフォニックス*2表です。英語の44の音素(英語の音の最小単位)を、その読み方をする典型的な文字に対応させたものです。赤の文字が母音、青の文字が子音になります。英語のアルファベットには、「名称」とは別に「発音」があります。文字と典型的に対応する発音を覚えれば、初見の単語を見てかなりの割合で発音ができるようになります。

フォニックス*2:英語の文字や綴りと発音の関係性を、順序立てて学ぶ学習法

ディスレクシアは音韻障害とも言われますが、日本語よりも英語は音の単位が細かく、かつ音と文字の対応に例外が多いこともあって、音の操作が日本語よりも難しいのです。このためディスレクシアの人は、日本語を読むよりもはるかに、英語を読むことに苦労します。そこで「フォニックス」つまり「英語の音と文字の対応」をしっかり習得しておくことが、その後の英語学習を助けることになります。この塾に来る生徒は中学生以上なので、幼児期や小学低学年から学ぶフォニックス教材より速いペースで発音を取得していきます。UDデジタル教科書体 欧文シリーズの「UD Digikyo Latin」もディスレクシアの生徒に配慮した読みやすい書体と知り採用しています。Windowsに入っているUDデジタル教科書体のアルファベットは、ディスレクシアの子には不評の〈Ball& Stick体*3〉だったので、もじこ塾では採用していなかったのですが、ラインナップの「UD Digikyo Latin」を使うようにしたら、その前に使っていた「Comic Sans」より読みやすいと生徒たちからも好評です。

Ball & Stick体*3:丸と縦線の構成で作られたアルファベット形状で、「b/d」「p/q」など左右対称になりやすい文字が判別しにくい。以前は初期の英語の教科書や教材に広く採用されていたが、文科省が提示した教材より2020年以降の教科書では「UD Digikyo Latin」など手書きの字形が採用されている。

モリサワ:子どもたちの「読みやすい」の声は嬉しいですね。このフォニックス表を見ると、英語にはこんなにたくさんの母音があるのですね!5つだけかと思っていました。この表に「a」「e」「i」「o」「u」は2つずつありますが、発音が違うのでしょうか?

成田氏:そうなんです。ひらがなの「あ」の発音は常に同じですが、英語の場合、「a」は「ask」と「make」で発音が変わりますし、「e」は「end」と「eve」で発音が違いますね。「a」は「ア」「エイ」、「e」は「エ」と「イー」のように同じ文字であっても発音が違うのです。そして例えば、鳥の巣を英語でnestといいますが、フォニックスをマスターしていれば、発音を聞いてフォニックスの知識をもとに「n・e・s・t」と音素に分解して対応する文字で「nest」と書けますが、フォニックスをやっていないと、ローマ字に引っ張られて「nesuto」と書いてしまうことになります。

モリサワ:なるほど。スペルを発音することも、音からスペルを想起することも、特に音韻に苦手さのあるディスレクシアの方にとって、フォニックスが助けになるということですね。他には授業でどんなことをしているのですか?

成田氏:「フォニックスビンゴ」で楽しく練習します。こちらは毎回、特定のテーマに沿って選んだ25個の単語から構成されています。生徒には1人1枚、シートを渡します。各シートには同じ単語が異なる配列で並んでいます。一人ずつ、順に好きな単語を読んでいきます。自分と他の生徒が読んだ単語を〇で囲い、3分後に〇がついた単語の列をできるだけ多く作れた人が勝者です。また、下の25個の単語の中から9個を選んで下の枠に写し、1列先取または2列先取で競います。

モリサワ:楽しそうですね。ただ発音を練習して単語を覚えるより、ゲーム感覚で学べるんですね!インタビューの中で出てきた「フォニックス表」と「フォニックスビンゴシート」を成田さんのご好意でプレゼントしてくれることになりました。ご家庭で、クラスで試してみてはどうでしょうか?

教材説明

フォニックスカードは、厚手の紙に両面印刷し、表面の波線でキリトリ使用します。裏を返すとその発音の3つの英単語が現れます。成田さんのご好意により発音も聴けるように録音を準備中です。完成しましたら、MORISAWA BIZ+のTwitter(@MORISAWA_BIZ)よりお知らせします。

上段:英語の音(表)
下段:表の発音を含む3つの英単語(裏)

「UDデジタル教科書体」は合理的配慮の突破口

モリサワ:最後に成田さんがモリサワに期待すること、成田さんが今後どんな活動をしていきたいかなど教えてください。

成田氏:「UDデジタル教科書体」が開発されてWindowsに入ったことは読み書きに悩みを持っている子の合理的配慮の突破口にもなっていると感じています。というのは、まず学校でのプリント配布物の書体変更なら先生でも簡単に出来て、配慮が必要な子どもたちの読みやすさの変化も感じやすいので、先生の満足度も上がりやすいんです。それをきっかけに、紙の色の変更やテスト時間の延長などの配慮に繋がっていきやすくなると思います。その上、このフォントは読み書きに悩みを持ってない子どもたちにも読みやすいので、他の皆にとっても良い変更になります。正にユニバーサルデザインですよね。なので、モリサワさんにはこれからも「UDデジタル教科書体」は先生が身近に使えるフォントであることを伝えていってほしいです。

またアメリカではディスレクシアは音韻障害の認識が強いので、視覚から入る書体選択や使い方には日本よりやや無頓着な気がしています。モリサワさんには、日本はもとより海外のディスレクシア界隈でも書体選択の大切さや読みやすい資料の作り方も伝えていってほしいです。きっと海外でも通用する欧文フォントとして、日本発信の最初のユニバーサルデザインフォントになりますよ!

私自身も生徒たちの反応を見ながら、アメリカの文献など最新の研究に基づき、より学びやすく効果の高いメソッドや教材を作り続けたいなと思っています。ディスレクシアは苦手なことだけがクローズアップされがちですが、特性を理解した環境や学び方が提供されたら誰もが自己肯定感を持ってのびのびと学べるのです。もじこ塾は、ディスレクシアの子の得意を活かしてモチベーションを保って楽しく学べる場にしていきたいと思っています。

モリサワ:子どもたちが楽しそうに生き生きと学んでいる姿は、私たちの希望になりますね。業界は違いますが、色々な職種の人がいい形で協力しながら進められるといいなと思います。本日はインタビューを有難うございました。


教材で使用している「UDデジタル教科書体」および、欧文書体「UD Digikyo Latin」はMORISAWA BIZ+(月330円で55種のUDフォントが使用可能)のサービスでご利用頂けます。
MORISAWA BIZ+の詳細はこちら

また、生徒や先生にUDフォントを使ってほしい、学校組織的な導入を考えたいという方は、下記フォームにてお問い合わせいただけます。

学校組織的な導入の際には、ご要望があれば、先生方へのUDフォント研修や質問会、教材のご相談などにも応じています。

発達障害の疑いがある子どもは6.5%、ディスレクシアを含む学習障害の疑いがある子どもは4.5%もいるといわれています。これは1クラスが40名だった場合、1人または2人もの子どもがディスレクシアの可能性があるという割合になります。
(出典「文部科学省 通常の学級に在籍する発達障害の可能性のある特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査結果について 2012年」)

このような背景も踏まえ、誰もがのびのびと学べる環境の実現に向けて、モリサワは文字の力でサポートします!