インタビュー

2024.09.27

かんじクラウド株式会社
~道村静江先生と友晴氏の親子インタビュー〜

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私たちが子どもの頃から、当たり前のように学習している漢字。ほとんどが「ノートに繰り返し書く」、そんな学習方法だったのではないでしょうか。しかし、「書いて覚える」学習方法に疑問を投げかけた人がいます。

それが、かんじクラウド株式会社の道村静江先生です。

道村先生は福井県立盲学校・横浜市立盲学校に通算28年勤務し『視覚障害者の漢字学習』教材を13年間作り続けて提供しました。その結果、全盲の子たちが楽しく漢字学習を行い、言葉の世界を広げることができたという実感から、その後、一般小学校に勤務する中で、従来のひたすら書かせる漢字指導に疑問をもち、唱えて覚える『ミチムラ式漢字カード』を作成しました。2018年にかんじクラウド株式会社を息子の友晴氏と設立し、漢字カードや電子書籍『漢字eブック』を提供しています。

近年は、漢字が苦手な子にも有効な学習法だと活用が広まり、特別支援の視点から指導のノウハウや、小中学校9年間の漢字指導の見通しを持って取り組むことの大切さなども研修会で伝えています。

ミチムラ式の漢字学習法とは?

漢字を何度書いても身につかない子、漢字の宿題に何倍も時間がかかってしまう子、漢字が苦手で書くのを嫌がる子たちにも取り組みやすい、漢字の部品の組み合わせを「唱えて覚える」漢字学習法です。

部首を含む漢字部品(パーツ)の意味や成り立ち、使い方など楽しく漢字を学ぶための工夫が随所に施されており、漢字のパーツを学ぶことで高学年以降の漢字学習がグッと楽になります。

この学習法を具体的に体現できる2つの教材も提供しています。

ミチムラ式漢字カード 

漢字カードは、両面に記載された読み方と書き方を交互に唱えて、漢字の読み書きをセットで学ぶ教材です。漢字をパーツごとに分解して、リズムよく唱えて覚えられるように工夫されています。

 提供:かんじクラウド株式会社

漢字eブック

漢字eブックは、部品の組み合わせ方を見ながら、音声と一緒に唱えて楽しく漢字を学べる電子書籍です。イメージ写真を通してその漢字を使ったたくさんの言葉を図鑑のように学習でき、漢字パーツの意味や漢字の成り立ちなど子どもたちの好奇心をくすぐるミニ知識も多く掲載。子どもたちを楽しい漢字の世界に引き込みます。


ミチムラ式漢字学習法の音声付き電子書籍 2021年度グッドデザイン賞を受賞

モリサワ:盲学校では点字を中心に学ばれているイメージがありますが、なぜ漢字に注目されて教材を考え出されるようになったのか、背景を教えてください。

道村先生:私は大学を卒業してから通算28年間も盲学校に勤務していました。

盲学校では全盲の子は「点字」、弱視の子は「拡大文字」を使って授業を進めていました。でも、1995年頃からパソコンが普及し始めて、2000年頃には教育の世界もガラッと変わりました。情報教育の時代がやってきたんです!

キーボードでの点字入力が可能になり、視覚障害者もパソコンで情報のやり取りができるようになりました。また、ローマ字フルキー入力でまさにブラインドタッチでもできるようになります。

ただ、点字というのは全部かな文字なんです。だから、漢字に一切触れてこなかった全盲の子どもたちは、漢字の知識がなかったんです。

音声読み上げ機能を使うと、入力した文字の変換候補の漢字を読み上げてくれるんですが、同音異義語もたくさんあって、漢字を知らない子たちには正しい単語を選べない。だから、全盲の子であっても、情報教育の世界に結びつくような漢字の力をつけなきゃいけないなって思ったんです。

この子たちがこの時代を生きていくためには、絶対に漢字の力が必要になると感じました。

それから、いろいろな助成をいただきながら、盲学校の生徒用に漢字の教材を作りました。

参考:点字学習を支援する会『視覚障害者の漢字学習

盲学校の生徒たちは、目が見えないのだから、一般的に行われているように書かせて覚えさせる漢字学習は無理だし、とにかく楽しんで漢字を学んでもらいたいということに心を砕きました。そうして漢字を学んだ子どもたちは、文を読んでその漢字を想像できるようになり、文の意味を深く捉えられるようになったんです!

モリサワ:視覚障害の子たちの漢字学習の必要性が良く理解できました。
「楽しく学ぶ」という発想は、盲学校で生まれたのですね。

道村先生:でも、私が一般の小学校へ異動になった際、みんな揃って漢字が大嫌いで、漢字学習の楽しさが定着していなかった状況に直面しました。「漢字の宿題出すよ」と言うと「えー」って不満の声が返ってくる。

盲学校の子は「先生もっと教えて、教えて!」ってすごく意欲的なのに、通常学級の小学生は、漢字が大嫌いで逃げ回っている。この現実を目の当たりにして、「よし、この盲学校用の楽しい漢字学習を、一般の小学校用に自分なりに展開してみよう」と思いました。

モリサワ:漢字カードのはしりですね。漢字カードや電子教材の『漢字eブック』では、モリサワのフォントを採用してくださっていますね。

道村先生:フォントって、教材にはとても大事なんです。パソコンが普及し始めた2000年初期、パソコンに入っている書体はとても少なかった。視覚障害教育の世界では、丸ゴシックが良いと言われている時代でした。

明朝体は、一般の人には馴染みのある書体だけど、横線が細くて、そしてトメの部分に三角(ウロコ)がついているでしょう。だから横線の数がわからなくなってしまうんです。今は「BIZ UDゴシック」もあるので囲まれた空間が広くなり潰れなくなりましたが、当時のゴシック体は単純な文字は読みやすいけど、画数の多い文字はつぶれて読みにくかった。それに対し、丸ゴシック体は比較的大きくてつぶれが少なく、角も柔らかくて優しい感じで、子どもたちの人気が高かったんです。でも学校で教える手書き文字とは違うところがあるんですよね……

そういった観点からデータで漢字教材を作ろうとしても、当時は選べる書体がほとんど無かったんです。

書体についてはずっと仕方なく我慢していたんですが、そこに「UDデジタル教科書体」が登場したんです!UDデジタル教科書体は、学校現場でも使える教科書体であり、線の太さが均一になるようデザインされているので、弱視やディスレクシアなどの困難を抱えている方でも読みやすい。

あともう一つ、「游教科書体」というのも、縦線と横線の太さに極端な差があまり無いし、画数に沿った筆の運びで書かれていて、教育の現場にも受け入れやすいだろうと思い、これも良いなと思いました。 2018年1月に一緒に「かんじクラウド株式会社」を立ち上げた息子がこの二つのフォントを見つけ、私がExcelで作っていた漢字カードを、この二つのフォントを使ってコツコツと全て作り替えてくれました。一方、私は全国の研修会で必ずUDデジタル教科書体を紹介していました。当時はほとんど知られていないフォントで、研修会に参加した先生方は絶賛して、教材作りや学校便りなどに使い始めてくれました。

モリサワ:UDデジタル教科書体は、2017年にWindows10に搭載されてから認知されるまで時間がかかりましたが、最近は教育現場ではよく知られるフォントとなりました。道村先生のように広めてくださった先生方のおかげだと思います。有難うございます!

友晴さん:今は教育現場のICT化に伴い先生の書体認識も変わってきていますし、「UD学参丸ゴシック」も登場したことで、さらにディスレクシアなど特性のある子にも配慮して、最も覚えてほしいお手本となる漢字部分にUDデジタル教科書体、解説や成り立ちを説明する本文にUD学参丸ゴシックを採用しています。

UDデジタル教科書体は、書写の形状に基づく書き順にも配慮され、細部のデザインも同じパーツで統一されているので、子どもたちも前に習ったパーツを想起しやすいと思います。UD学参丸ゴシックは、UDデジタル教科書体とのコントラストが際立ち、パッと見て解説や説明部分だとわかるので、デザインをする上で重宝します。


提供:かんじクラウド株式会社

モリサワ:『漢字eブック』は、息子さんが作られたんですよね。

友晴さん:はい。出版社勤務の経験を活かして、母がこんな漢字学習ができたらいいなと願うことを表現しました。『漢字eブック』は電子書籍なので、その漢字のイメージ写真をたくさん掲載することができます。そこに魅力を感じて漢字に興味を持ってくれる子もいるんですよ。

『漢字カード』と『漢字eブック』にはUDデジタル教科書体の「筆順フォント」も採用しています。筆順フォントを見ながら、漢字の部品を声で唱えた通りに配置していくことで漢字を完成させることができるんです。
例えば、『漢字eブック』の「夏」という字のページは、こう音声がでます。
「一(いち)」「ノ(の)」「目(め)」「夂(すいにょう)」
そうすると、子どもたちも音声に負けじと大きな声で唱えて、それで漢字の形を覚えられるんです。

道村先生:あと、私が漢字を学ぶうえで面白いと思っているのが、漢字の「成り立ち」です。例えば、「名」。これを『漢字eブック』の音声で部品を唱えると「夕(ゆう)」「口(くち)」になります。

なぜ、「夕(ゆう)」「口(くち)」なのかわかりますか?

まず、夕は三日月を表す字です。月が出る夕方になると暗くて人の顔がよくわからないので、自分の名前を口に出して知らせたことから、「なまえ」の意味になった。面白いでしょう?

もう一つ。「読み」は音訓同時に覚える、これが大事なんですよ。

漢字は「読める」ことが絶対的に必要で、その次が「使える」ことだと思っています。「使える」という中の一部にだけ「書く」があって、大半は「認識して選択できれば使える」のです。このことは今の時代多くの人が実感を持って納得できることです。それなのに、学校では未だにひたすら書かせて、「読み指導」をおろそかにしている実態があります。

音訓の読みをセットで覚えることで、弱視の子やうまく字の形を捉えられない子も、普段耳で聞いている言葉と今勉強している漢字が頭の中で結びついて、認識することができます。

とても重要なことなんです。

モリサワ:いろんな工夫をされているんですね。

道村先生:漢字学習ってね、漢字ドリルをひたすら繰り返しやることではないと思っています。

そういうことが苦手な特性を持つ子たちが、漢字学習のせいで学校が嫌いになってしまう。そうじゃなくて、もっと楽しく効率的に学んでほしい。

例えば、一字を繰り返し書くのは苦手でも、パズルが好きな子は、漢字の部品をパズルのように組み合わせていったら頭に入りやすい。ストーリーを作るのが好きな子は、漢字の成り立ちやイメージ写真から自分のお気に入りのストーリーを作ればいいんです。

私は、ずっとそういう学習を目指していたんです。とめ・はね・はらいをきちんと書けなくてもいいんです。骨組みさえ合っていて、その字に見えれば。それぐらいの多様性を培っていってほしいです。

モリサワ:最近は、発達障害、LD(学習障害)、ディスレクシアなどの認知も広がってきましたね。

道村先生:現在、色々な特性がある子たちの学習で、ミチムラ式はかなり広まってきています。

特性のある子たちに学習支援をしている学会でも反響が大きく、日本語を学ぶ留学生にも注目されるようになりました。

タブレットが児童生徒一人一台配布される時代になったのだから、もっと色々な学習方法が許されたっていい。漢字が苦手な子は、手書きで書かなくてもいい。住所の漢字だって、郵便番号検索で数字を入れれば出てきますよね。それが許される時代です。

だから、漢字学習も今の時代に合わせて目的をきちんと考えてほしい。

漢字を「使える」力を身につけるための方法はいくつでもあるんだから、その子なりの楽しみ方・得意なやり方で漢字に興味を持つことで、最後は言葉を増やすことができます。「言葉の世界に意識を向けることができる、そして言葉を使いこなして受信・発信できる」これが漢字教育の一番の目的だと思います。

モリサワ:インタビュー前は「盲学校の漢字学習ってどういうことだろう?」と不思議でしたが、道村先生のお話を聞いて漢字学習の意義がよく理解できました。

漢字学習の先にある「言葉」の獲得、それが子どもたちの豊かなコミュニケーションや、生きる力に繋がる。モリサワが提供する文字がそのお手伝いができることを改めて嬉しく感じるとともに、社是である「文字を通じて社会に貢献する」の意味をさらに考えていけたらと思いました。 道村先生、どうもありがとうございました!

 


 

教材で使用している「UDデジタル教科書体」(月330円で58種のUDフォントが使用可能)のサービスでご利用いただけます。
MORISAWA BIZ+の詳細はこちら

また、生徒や先生にUDフォントを使ってほしい、学校組織的な導入を考えたいという方は、下記フォームにてお問い合わせいただけます。

学校組織的な導入の際には、ご要望があれば、先生方へのUDフォント研修や質問会、教材のご相談などにも応じています。

発達障害の疑いがある子どもは、小学校・中学校においては推定値8.8%と言われており、ディスレクシアを含む学習障害の疑いがある子どもは6.5%もいるといわれています。これは1クラスが40名だった場合、2人または3人もの子どもがディスレクシアの可能性があるという割合になります。
(出典:令和4年12月13日文部科学省発行「通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査結果(令和4年)について」)

このような背景も踏まえ、誰もがのびのびと学べる環境の実現に向けて、モリサワは文字の力でサポートします!